刺し綴る日々
刺し子とは
刺し子が日本の伝統的な刺し縫いをする針仕事であるということをご存じの方は多いと思います。では、刺しゅうとの違いはなんでしょうか?
どちらも日々の暮らしに根づいた針と糸を使う刺し縫いの技法。刺しゅうの方が装飾的な意味合いが強いと言われています。糸で布を飾ることを目的としているのが刺しゅう。糸を縫うことで布の耐久性や保温性を高め、本来必要とされる布の機能を補うことを目的としているのが刺し子です。
今わたしたちの身の回の衣服のほとんどに「綿」が使われています。しかし、この綿が日本原産の繊維ではないということをご存知でない方も多いのではないでしょうか?綿が日本で普及し始めたのは江戸時代中期頃のこと。東北地方は綿花不毛のため、山麻や日本最古の織物のひとつと言われる「藤布」など、樹皮を剥いで撚ったり織ったり、かろうじて衣服の形状を保っていたようなものしか存在しませんでしたが、北前船が上方帰りに持ち込んだ木綿の古着により普及していきます。手に入れた貴重な木綿古着を最後の最後まで布として大切に使うために「裂織」や「刺し子」の技法が生まれました。それはまさに寒さをしのぐための知恵と工夫。貧しさが生んだ美です。
進化の過程で、刺し子は幾何学模様や吉祥文様がクローズアップされていきますが、先に述べたように刺し子本来の目的を考えると、それほど細かい目で刺す必要もなかったとされています。しかし、おしゃれ心や見栄、暮らし向きが豊かになるように願う心から、いつしか刺しゅうのように「飾る」ことも加わり、華やかさ、誇り、強さなどを表現していくようになりました。長い時間をかけて身分や土地柄などを超え、何代にも渡って技術が伝承され、競い合って刺しているうちに模様にはいつしか願いがこめられ、日々の暮らしの糧となり、女性たちの日常そのものや、共に生きる大切な存在になっていったと考えられています。
400年前には生きるため必要に迫られて生まれた刺し子が、今は刺し子でしか表現できない刺しゅう的効果に着目されています。ただ、昔も今も、心をこめて一針一針進めていることに違いはありません。素材の開発が進んで高品質で多様化し、繕って使うという概念自体はなくなりつつありますが、刺し子でしか生み出せない模様の美しさと、使い捨てを減らすひとつの工夫として、これからも模様だけでなく技法と共に長く愛されていくことでしょう。
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